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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)36号 判決 1969年9月02日

原告 エム・アンド・ティー・ケミカルズ・インコーポレーテッド

被告 特許庁長官

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上訴のための附加期間を九十日とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四十二年十月七日、同庁昭和三八年審判第一、三二二号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告(当時の名称、メタル・アンド・サーミツト・コーポレーシヨン)は、昭和三十五年五月六日、別紙記載の商標につき、商標登録の出願をしたところ、昭和三十七年十月二十二日拒絶査定を受けたので、昭和三十八年三月九日審判の請求をし、同年審判第一、三二二号事件として審理された結果、昭和四十二年十月七日、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は同年十一月二十二日原告に送達された(出訴のための附加期間三か月)。

二  本件審決理由の要旨

本願商標の構成は、「ANOZINC」の欧文字を同じ大きさで一連に横書して成るものであるが、そのうち「ZINC」の語は「亜鉛」を意味する英語であることが明らかであり、最近わが国において英語の知識が急速に普及し、各種商品取引界において英語をそのまま使用したり、英語を片仮名文字で表示する風潮が顕著であるから、本願商標の指定商品「金属」の取引者、需要者が本願商標に接するときは、その中の「ZINC」の部分から、直ちにその指定商品が亜鉛であるかのように直観し、理解するものといわざるをえず、したがつて、本願商標を指定商品中「亜鉛」でない商品について使用したときも、その商品があたかも「亜鉛」であるかのように、その品質について誤認を生じさせるおそれが多分にあるものと認められるから、本願商標は、商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第四条第一項第十六号の規定に該当するものとして、登録を拒絶すべきものである。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願商標を指定商品中亜鉛でない商品について使用した場合に、その商品が亜鉛であるかのように品質を誤認させるおそれがあるとした点に、判断を誤つた違法がある。すなわち、本願商標中、後半の「ZINC」の部分だけを切り離してみると、それが「亜鉛」を意味する英語に該当することは争わないが、もともと、本願商標は、「ANOZINC」なる欧文字七字を同じ大きさで一連に横書きして成るものであり、「ZINC」の四文字が他の部分と外観上分離されているとか、明らかに接頭語ないし他を修飾する語とみられるものと結合されていて、顕著に目立つとかいうわけのものでなく、それ自体無意味な「ANO」と結合して、全体として無意味な造語というべきものであるから、「ZINC」の部分のみを切り離して考察することは、不当であるのみならず、英語「ZINC」がわが国において日本語同様に使用され、一般世人に親しまれた語であるということもできないものである。したがつて、本願商標を指定商品中亜鉛でない商品に使用した場合に、これを全体としてみるときはいうまでもなく、「ZINC」の部分を切り離してみても、その取引者、需要者が右商品を亜鉛であるかのように品質について誤認するおそれはないといわなければならない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の請求原因事実中、第一項及び第二項の事実は認めるが、第三項の事実は否認する。本件審決の認定は正当であり、原告主張のような違法はない。

本願商標を一体不可分にのみ把握しなければならない根拠はなく、その中「ZINC」の部分は「亜鉛」を意味する英語であり、かつ英語「ZINC」は、外来語辞典にも登載されているほどであるから、日本語同様に使用され、一般世人にもある程度親しまれている語であることが明らかである。したがつて、本願商標の指定商品第六類「金属」の取引者、需要者が本願商標に接するときは、明確な意義観念を有する「ZINC」の文字部分に注意を引かれ、前半の「ANO」の意味を仔細に考慮することなく、直ちに商品「亜鉛」または「亜鉛に関連のあるもの(たとえば亜鉛合金)」として直感し、理解するものであることが、明らかであり、本願商標を指定商品中「亜鉛」以外のものについて使用するときは、取引者、需要者をして、その商品があたかも「亜鉛」または「亜鉛に関連あるもの」であるかのように、品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわねばならない。

第四証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標の構成及び指定商品並びに本件審決理由の要旨が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争がない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本願商標を指定商品中の亜鉛でない商品に使用した場合に、その商品が亜鉛であるかのように、品質について誤認を生じさせるおそれがあるとした点に、判断を誤つた違法がある旨主張するが、この主張は理由がないものといわざるをえない。すなわち、本願商標は、別紙記載のとおり、「ANOZINC」の欧文字を一連に左横書きして成るものであり、外観上これを「ANO」と「ZINC」とに分離して認識されるものであるとすべき根拠はなく、また「ANO」の部分は、単なる欧文字の羅列であり、接頭語ないし修飾語として意味があるものとは認められないから、本願商標は、全体としては、特定の意味をもたない造語商標として認識される可能性があるものといわざるをえないけれども、一方、その後半の「ZINC」部分は、英語としてみると、金属元素の一つである亜鉛(Zn)を意味する語であることは、原告もこれを認めて争わないところであり、また、成立に争いのない乙第二条証の一ないし三(楳垣実編「外来語辞典」)にわが国において、英語「ZINC」が外来語として、すなわち、外国語を語源とする日本語として「ジンク」と称され、亜鉛を意味する語として用いられ、殊に、工業上、「亜鉛板」を「ジンク板」と称していることを認めることができ、これらの事実に、本件弁論の全趣旨を参酌考量すると、本願商標の指定商品である第六類金属其の他本類に属する商品の取引者、需要者の間にあつては、「ZINC」あるいは「ジンク」の語から直ちに、これを「亜鉛」を意味するものとして理解するを一般とすると認めるのが相当であり、他にこの認定を左右するに足る的確な証拠資料はない。したがつて、本願商標をその指定商品である第六類金属其の他本類に属する商品に使用した場合、その取引者、需要者は、本願商標中の「ZINC」部分から、該商品をもつて、「亜鉛」または「亜鉛に関連あるもの」と直感理解し、本来そうでないものについてまで、亜鉛または亜鉛に関連のある商品であるかのように、その品質を誤認するおそれがあるものというべく、結局、本願商標は、本件審決の認定したように、商標法第四条第一項第十六号の規定に該当するものといわざるをえない。

(むすび)

三 以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条、第百五十八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 石澤健 滝川叡一)

(別紙)

本願商標

一 構成   「ANOZINC」の欧文字を角ゴシツク体で左横書して成るもの

二 指定商品 商標法施行令(昭和三十五年三月八日政令第十九号)第一条の別表第六類金属その他本類に属する商品

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